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 評価:◎


 評価表(★:絶賛! ☆:面白い! ◎:良かった♪ ○:普通 △:ややつまらない 凹:ヘコむ ×:観ちゃいけない)


 『あらすじ』


 昭和33年、広島に原爆が投下されてから13年後。復興に活気の中で、家族を原爆で失った皆実は自分が幸せを掴むことに戸惑いを隠せない日々を過ごす。(夕凪の街)


 平成19年の夏、定年を迎えた父親の行動が日増しに怪しくなることに一抹の不安を抱く七波。ある夜、父親を尾行することを決意する。父親は夜行バスで広島へと向かおうとしていた。(桜の国)


 『感想』


 「夕凪の街」
 直向きに生活をしながらも、父親や妹を失った悲しみを背負う女性・皆実。疎開で難を逃れた弟、生き延びてくれた母親と共に暮らす中で、自分の命は、誰かによって「死んでもいい」と思われていたんだと、肉親を失った悲しみ以上に助かってしまったことに対する「負い目」を感じる皆実を見ていると、それだけで原爆とゆーのは、直接・間接問わず人々に暗い影を落としたんだと考えさせられます。


 「落ちたんじゃない、落とされた」とゆー言葉が皆実の口から発せられ、誰かの意志(殺意)によって、広島に原爆は落とされ、その影響は見た目、元気な人であっても何年か経ち、その体を蝕んでゆく残酷さ、幸せを夢見ながら、その幸せを掴むことに躊躇してしまう。


 極端な演出をせず、広島に住む人々の生活を丁寧描き、そこで活きてゆくことと「原爆」とゆー事実に対する様々な反応。あまりにも現実離れした脅威に口にすら出来ないとゆー実状。本編の中で皆実が唄ういくつかの歌は、優しくもあり、心と体に傷を負った者の小さな悲鳴にも受け取れます。


 思いを寄せる男性に心情を吐露し、心の荷を下ろした皆実に「「生きとってくれて、ありがとう」と言葉がかけられ、その言葉こそが皆実にとって一番の救いの言葉だったんじゃないでしょうか。幸せを掴むことより、自分は「生きていていい」と思えたことが彼女にとっての安らぎではと。


「桜の国」
 時代は、移り変わって現在。父親のある行動をきっかけに、自分の家族が「原爆」によっていかに翻弄されたのか知ることになる七波。始まり方は、ちょっと唐突な部分はあるよーに感じます。駅前で出くわす幼馴染みの東子との流れも、フツーに考えるとちぐはぐに思える。


 七波とゆー女性は、現代っ子とゆーか、家族のことは心配しながらも何処かサバサバしていて、行動も直感型?父親を後を追って広島に幼馴染みとゆく(自分は、お金持ってないのに)行動も、彼女自身が思い立ってとゆーよーな感じではないので、自分の家族と「原爆」との繋がりを一歩一歩確認するよな流れは、あくまで彼女と「原爆」との繋がりは、この旅?によって始まっているよーに思える。


 母親や祖母の死を心の奥にしまい、その頃住んでいた町のことを忘れようと心掛けてきた七波にとって、東子とゆー存在はその頃を思い出してしまう存在であると同時に、もうひとつの繋がりがあり、やはりそこには「原爆」とゆー事実を浮き彫りにして、「遠い日に出来事」ではないんだと。どんなに時が経っても、どんなに些細ではあって、やはりそれは「原爆」とゆー事実がもたらした結果であり、今もその事実を抱えて生きてる人々にとっては、忘れることの出来ないことなんだと。


 「桜の国」の中で、「夕凪の街」の後日談が描かれることで皆実が亡くなったあとに、母親と弟(旭)が、辿った軌跡を見るにつれ、旭も辛い現実の中で、それでも自分の思いを貫く様や、凪生(七波の弟)の背負ったモノに対する、七波なりの気遣いは温かさを感じます。


 主演ふたりに関しては、やはり麻生久美子さん(皆実)の方が一枚上手とゆーか、感情の表現も見事です。なっちゃん(七波)は、物語の中でちょっと突飛な印象を受ける部分もあるので、自分の家族と原爆との繋がりの中で、色々気付いてゆくワケですが、ふと自分の父親(旭)の思い出を振り返るシーンは、もう一工夫欲しかったかな。


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プログラムと一緒に写っているのが入場特典のクリアファイル


前売り特典は、扇子

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