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問題の私たち-1

 評価:☆            解決力度:80%

 評価表(★:絶賛! ☆:面白い! ◎:良かった♪ ○:普通 △:ややつまらない 凹:ヘコむ ×:観ちゃいけない)

 『あらすじ』

 とある女子中学校で繰り返されるいじめ。リーダー格の笹岡澪は、「不快感への正当防衛」とゆー言葉を使って、いじめを躊躇することなくクラスメイトの塩崎マリアに対して行う。そんなある日、澪のクラスに転校生・麻綺が来ることによって、澪の周囲は、がらりと一変する。

 掌を返したように周囲の友人たちは、麻綺とつるみ始め、いじめの矛先は澪へと向けられる。思ってもみなかったことに友人を失った損失感といじめを知った澪は、孤立してゆく。エスカレートしてゆくいじめの中、澪は校舎の屋上のフェンスを乗り越えようとするが、そんな澪を救ったのは、かつて自分がいじめていたマリアだった。

 『感想』

  これが、噂に名高い「沢尻会」の実態ですか…(違う)いやいや、昨年放送された「ライフ」張りに壮絶なはじまり方に、口あんぐりしてしまいました。主演には、ケータイ刑事の黒川芽以。転校生の麻綺に沢尻エリカ。いじめを経験しながらも、争わない姿勢を貫き通す女生徒・マリアに美波。

 この「問題のない私たち」とゆータイトルですが、最初は「問題だらけやん!」とツッコミしたくなるところですが、見てゆくうちに、このタイトルの絶妙さに「あ~なるほど」と納得させられてしまう。いじめのターゲットが次々と変わるあたりは、「ライフ」とまる被りですが、いじめ=問題かと思ったのですが、そーじゃないんだと。

 つまり、フツーの人間関係が築けないことが「問題」であって、築けないことで「いじめ」が生まれる。澪は、気弱なマリアに対して「不快感」を感じ、いじめることで発散する。転校生の麻綺は、澪に負けず劣らず「攻撃性」を秘めながらも、カリスマ性で一気にクラスメイトを掌握。澪とマリアの関係に「問題」が解決されることで、麻綺は新たな行動に。

 即時行動な澪や麻綺に対して、存在感の薄いマリアですが、彼女こそ実は誰にも流されない信念の持ち主なんだと気付かされてゆく展開。澪は、いじめの苦しみをマリアと分かち合うことで、「いじめ」をする立場からされる立場になり、ターゲットが変わったことで第三者としての目線を持つことで、「いじめ」の空しさを知る。

 ただ、澪がそこまで出来た人間になるには、マリアの存在が不可欠。道を誤ろうとする澪に対して、そっと押しつけがましくない程度に「補正」することで、澪の行動は、あくまでも「自主的」に正しい人間関係を構築するよーになってゆき、クラスは大きな山をひとつ越えたよーに思えた…

 人と人が付き合う上で「問題」がないなんてことはなく、「問題」が起きた時の解決方法を知っているかどーか。解決方法が両者とも分からないから「いじめ」が生まれる。解決方法が分かっていても、問題が大きくなってゆくとそれを知っていても口に出す勇気がない。マリアは、少なくとも解決方法を知っていた。ただ、それを自分の口で言い出すことが出来ず、澪が同じ立場になったことで、彼女の行動で「解決方法」を周囲に見せた。

 澪の家庭環境は、父子家庭。父親は、再婚のことばかりに頭がいっぱいで、娘を見てない。クラスメイトとの問題が解決した澪を待っていたのは、そんな父親の再婚と教師の万引き行為。ここでもまたライフとカブる部分は、あるのですが、かと言って「一緒じゃん」とゆーワケではない。(勝村政信が両作品に出演しているのは、偶然なのか、狙ってのことなのか…)

 教師は、万引きを見られたことで、澪への風当たりを強くし、澪がマリアにしていた「いじめ」行為を掘り返す。これによって、生徒vs教師とゆー構図へと発展してゆくワケですが、澪(とマリア)がこの問題をいかに解決したのかは、どーかこの作品を見て下さい。まー現実的にそれだけで全てが丸く収まるかどーか分かりませんが、少なくともヒントは、あるんじゃないでしょーか。

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 評価:◎     生々しい恐怖:65%


 評価表(★:絶賛! ☆:面白い! ◎:良かった♪ ○:普通 △:ややつまらない 凹:ヘコむ ×:観ちゃいけない)


 『あらすじ』


 1990年代初頭。雪深い田舎町「松ヶ根」で、ひとりの女性がひき逃げ事故に遭う。死んだと思われた女性は、息を吹き返し、そのまま連れの男と何故か町に留まる。町の駐在所に勤める鈴木光太郎は、温厚な性格で職務をまっとうしようとするが、そんな彼の家族には問題が山積していた。


 『感想』


 なんとなくタイトルに惹かれて、見てみることに。とある田舎町で起きる小さな事件が鈴木家とその周囲の生活を地味に狂わせてゆく映画。作品全体を支配する田舎町独特の閉鎖的な空気と暗黙の了解とばかりに行われる因習。


 見ているとやたらと性描写が盛んで、現在の映画とゆーよりは20年ぐらい前の作品とゆー印象が伝わってきます。エロいとは感じないのですが、性に対して日常の中の1つとして描いているよーに感じます。羞恥心がないとゆーワケではなく、後ろめたさの中にも常習性が漂っている。


 事件の発端は、女性がひき逃げされたことから、駐在所の光太郎が家族の起こすトラブルを淡々と受け入れながらも、なんとか狂っている自分と自分の周囲の空気を変えようと奮闘?するのですが、この主人公の光太郎とゆーのが見た目に「葛藤」とは無縁な感じが限界まで自分の中で問題を抱えてしまうタイプに思える。


 光太郎を取り巻く環境もちょっと都会では考えられない地方ならではの独特な関係性。不道徳であっても、それが認知されて、「当たり前」のよーに行われている日常。こーゆー習わしは時代毎に形を変えて、今でも絶えることなく続いているんだと思うと怖い気もします。


 で、ひき逃げ事故を起こしてしまったのが、光太郎の双子に兄・光。事件をなんとか隠蔽しよーと被害者の女性とその連れの男に利用されまくり、そのしわ寄せが鈴木家へ。罪を犯した光が罪を隠すため、訳ありなカップルの怪しい行動に付き合わされる。


 そのカップルの片割れ・西岡役をやっているのがキム兄なんですが、とてもハマり役。口数少なく、無愛想な表情。有無を言わさない言動。相方の女性もちょっと尋常ない感じとか、すごくリアルに感じます。


 駐在所勤務の光太郎には、もう1つ悩み事が。それが駐在所の天井を駆け回るネズミ。どんなに罠を仕掛けても捕まえることが出来ない。周囲で起こる問題とネズミの捕獲、光太郎は、この2つの問題をなんとか解決したいと考える。


 なかなか捕まらないネズミのことで、同僚に愚痴ると「おまえにしか(ネズミの足音)聞こえないんじゃね」と返答されるシーン。光太郎の周囲で起こっていることも大事ではないケド、確実に鈴木家巻き込んでいる。町全体からすれば些細なことでも、彼にとっては放っておくことが出来ない。


 たましょく的には、こーゆー映画の方がホラー映画よりも恐怖を感じます。ホラー映画には、予定調和とゆーか、くるべきシーンで怖い演出がありますが、日常の中、フツーの生活の中で不意に起こることの方が怖いとゆーか、人間のたがが外れるとゆーのでしょーか。


 タイトルにもなっている「乱射事件」。誰がどんな形で行うのか、それによって何が変わったのか、変わらなかったのか。センセーショナルに発生するばかりが事件ではなく、地味に起こって地味に解決しても事件は事件。日常の存在する恐怖とゆーのが垣間見えた気がします。

2007.06.16 舞妓Haaaan!!!

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評価:○    真のヒロインは真加…度:60%


評価表(★:絶賛! ☆:面白い! ◎:良かった♪ ○:普通 △:ややつまらない 凹:ヘコむ ×:観ちゃいけない)


『あらすじ』


 高校の修学旅行で、迷子になったことがきっかけで、舞妓しか愛せなくなった鬼塚公彦。社会人になり、食品メーカーに勤める傍ら、舞妓のファンサイトを運営。日々、募る舞妓への思いを滾らせ、京都支社への転勤を願い出る。


 そんな公彦に一方的にフラれる富士子。舞妓(京都)にしか興味のない元カレへの未練は、いつしか彼女までも京都へ向かわせる。念願の京都デビューを果たすも、お茶屋の「一見さんお断り」の前に夢潰えそうな公彦だが、社長の一言で俄然やる気を出すことに。


『感想』


 他にも主演張れそうな役者いっぱい居る中で、あえての阿部サダヲの起用。たましょくの中では『Mr.脇役』と言っていいほど、阿部サダヲは脇役だからこそ輝くんだと思うのですが。役としては、今まで彼がやってきた色々な役の延長線上です(古くは、IWGPの警官役など)


 純粋に不純な気持ちで、舞妓と遊ぶことしか頭にない公彦。洋服着ているより、ブリーフ一枚の方が様になっているあたりは、さすがに阿部サダヲなんでしょーかwそんな公彦の元カノの富士子役の柴咲コウ。いつもは、気の強い役が多い中で、ちょっとズレた感性を持ったOL。一体、彼女が公彦の「何処」にそんなに惹かれているのか、本編観ても分かりませんw


 そんな公彦のライバル?として登場する内藤貴一郎=ナイキ役の堤真一。ま、早い話、このふたりが京都(お茶屋)を舞台にやりたい放題するだけで映画。同じく舞妓を描いた「SAYURI」ような奥ゆかしさも、厳しさも「触り程度」で、あとは、そこそこの笑いとついていけないぐらいのハイテンション。


 驚いたのが、日テレ製作なのに、某局の映画をパロっているところ。しかも、伊東さんや生瀬さんは、あっちのオリジナルにも登場しているだけに、役者として器の大きさを感じますw(先崎部長=生瀬さんの髪型七変化は、トリックの矢部刑事に対するオマージュかっ)


 で、メインの舞妓はんたち。京野ことみ、酒井若菜がしっとりと舞妓を演じる中、注目新人の小出早織(真加出くん)が柴咲コウ以上にヒロイン役を熱演!つか、もっとお話して見せるなら、駒子のエピソードを広げた方が良かったよーな(でも、クドカン脚本だから、基本コメディなのね(;´Д`)ノ)


 笑いはありますが、大爆笑とゆーより「プッ」とか「キャハッ」とゆーレベル。あとは、比較的クールなキャラで通してきた柴咲コウのボケをどれだけ楽しめるか(ケータイのメモリーに「クドカン」って)公ちゃんに振り向いて欲しい一心で、会社の屋上で予行練習している姿は、カワイイw


 カップラーメンの話をもっとしっかり描けば、お話としてもう少しマシだったかな。つか、あのカップラーメンシステムは面白いと思ったケド、まー現実的には厳しいのかな?(でも、本当に商品化されるんですね「あんさんのラーメン」w)


 公彦にしても、ナイキにしても、あんな醜態が実際のお茶屋で許されるワケないんですが、そこは、コメディ映画とゆーことでってーことですかね。つか、あの「伏線」を考えると、序盤のナイキの行動は、一番見せちゃいけない姿だと思うのは、たましょくだけじゃないハズ(ま、そこはコメディだからと言われても…)


 あと、無駄に山田孝之とか出てきているのは、何でしょーか?「電車男」の逆で、実はこの映画を日テレで、ドラマ化する予定でもあるんでしょーか!?あと、偉大なエンターティナーだった植木等さんの遺作でもあるとゆー点は、書いておきます(素晴らしい共演させてもらったんだよ、真加出くん)


 ほろりと泣かせるエピソードがないワケではないですが、全体的に「軽い笑い」が支配してしまい、人物への愛着もそれほど沸かないままとゆー印象。でも、脇役のキムラ緑子さん、図太く公彦のフォローに回っている姿、きらいじゃないですw


 最後の舞妓姿…お世辞にも「様になってる」とは言い難いwプログラム読んだら、最後のシーンは、ミステイクの方が本編で使われたと知って、納得させられました(爆)あ、でも、駒富士と駒子の演舞は、見事でしたケドね。(個人的には、真加出くん見ていたら、また「帰ってきた時効警察」をすぐにでも見返したくなりましたw)

2007.03.24 蟲師

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評価:△


評価表(★:絶賛! ☆:面白い! ◎:良かった♪ ○:普通 △:ややつまらない 凹:ヘコむ ×:観ちゃいけない)


『あらすじ』


 幼くして母親を鉄砲水で失ったヨキは、蟲師の「ぬい」に拾われる。成人となったヨキは、「ギンコ」と名乗り、蟲によって悩まされる人々を救う「蟲師」として、諸国を旅する。旅を続けるギンコは、ある雪深い山村で蟲によって音を奪われた人々で出会うことに。


『感想』


 まったく原作読んでません。あえてハッキリ言います。オダギリジョー×蒼井優が出演していたから観に行きました。はい、ミーハーです。で、ちゃんと原作を読んでいる友人と観に行きました。観に行く前から友人が「あの地味な漫画をどーやって…」と言ってたのですが、想像以上に地味でした。いや、地味なのが悪いとかそーゆー意味じゃないです(友人は、原作漫画けっこー好きと言ってましたし)


 物語の流れを追って感想を書けないので、部分的なレビューになります。設定として、一番喰いついたのは、「トコヤミ」と「銀蟲(←ギンコと読みますが、蟲の下に皿が付きます)」の関係性とその蟲に関わった者は、己も蟲になってしまうとゆーところは、面白かった。


 今から100年前の日本が舞台とのことですが、その設定を知らないと江戸後期ぐらいなのかな?と感じます。本編の中で「電気」とゆー単語が出てくるのでかなり近代化の波が近づいた日本とゆー感じなんでしょう。


 友人曰く「こりゃ、原作読んでないと…ツラいわ」と言ってました。確かに、雰囲気はあるのですが、蟲と蟲師の関係性も敵同士とゆーワケでもなく、退治とゆーよりは、治療に近い感じ。分かり易く言うと「蟲師」は、薬剤師みたいな感じですかね~。


 で、そんな蟲に取り憑かれた女性・淡幽役の蒼井優。1時間過ぎるあたりまでセリフありませんw蟲に浸食?されて苦しんでいる姿に妙に艶っぽいと思ってしまったり(爆)かと思えば、ギンコを救うために鉄の菜箸で蟲の文字を掴む様は、けっこーカッコイイです(ギンコよりは、派手な見せ場だったよーに思うw)


 ギンコの師匠?とゆーか育ての親・ぬい。原作では、どんな感じなのか知りませんが映画を観る限りでは、かなりホラーな存在として描かれてます(特に中盤過ぎから)んー説明がちょっと難しいのですが、ギンコは自分が「ヨキ」だった頃の記憶が無く、ぬいのことも覚えておらず、頭の片隅で覚えていた「銀蟲(ギンコ)」とゆー単語を自分の名前だと思い込んでしまったワケです。


 しかし、淡幽が聞いた「蟲の話」の書を紐解くことで、自分の幼い頃の記憶と邂逅するワケ、あーなんか書いてて回りくどい。観ていてあまり理解出来てないのに、それを書こうとするから更に訳分からなくなってくる(;´Д`)ノ


 
 ふたりの共演だけを目当てに観に行くと「う~ん」と首を捻ってしまいたくなる感じです。ぬいは、優しい心を持っていますが、描写は貞子や伽椰子に近いです。あと、着物姿の蒼井優が優雅に肘掛けのもたれている様がステキです。えぇ、これぐらい勘弁して下さい。ホント、書けないです。

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評価:○ 波乱度:35%


評価表(★:絶賛! ☆:面白い! ◎:良かった♪ ○:普通 △:ややつまらない 凹:ヘコむ ×:観ちゃいけない)


『あらすじ』


 14歳でフランスの王太子(ルイ16世)の妻として、オーストリアから単身、フランスへとやってきたマリー・アントワネット。過去の全てを手放し、ヴェルサイユ宮殿とゆー名の絢爛豪華な「牢獄」で何もかもが監視下に置かれた彼女の半生の物語。


『感想』


 さて、たましょくは「時代劇」同様に「歴史」モノもあまりチェックしない質なのですが、苦手なモノでも観てみるとけっこー面白いこともあると思い、チェックしてみました。マリー・アントワネットと言えば…やはり「ベルバラ」ですね。でも、それぐらいしか知らないので、彼女が松子並に墜ちてゆく様が描かれているのかとワクワクしていました。


 冒頭の嫁いでゆくシーン。何故か分からないケド、泣けた。えぇ、いきなり。愛犬のモップスとの別れとかそーゆーのじゃなくて、寒々とした景色の中、何時間も馬車に揺られて、未だ見ぬ夫(ルイ16世)の似顔絵だけをしげしげと見つめている彼女には、不安と希望、どちらが勝っていたのか考えてしまいました。


 着替えひとつにしても、彼女は自分の意志では出来ないことにストレートに「バカみたい」と言うシーン。恐れを知らないのか自由奔放なのか、好感が持てるセリフでした。故国の母からの手紙に「世継ぎ」の話が出てくると、「コレって、フランスの「大奥」なのか」と強く感じます。


 王室と言っても、貴族たちは下世話なもんで、ルイ15世からして、人目もはばからず愛人といちゃつく始末(あー華麗なる一族で似たシーンが…)新婚初夜、あんな多くの人間に取り囲まれながらベットに入らなきゃならんって。


 心を開こうとしない夫、周囲からプレッシャー、そりゃ「息抜き」もしたくなるわ。観劇していた彼女が拍手をするシーンが凄い良かった。上品な振る舞いをする貴族たちの中で、とても人間らしく描かれていて、そんな彼女に釣られて、周囲が舞台に向かって拍手を送る。この時の笑顔が好き。


 夫の愛情を感じない彼女が物欲とギャンブルに溺れてゆく様がテンポの良い音楽に合わせて、極彩色の衣装とデザートが代わる代わる登場。それでも毎日繰り返される「儀式」のよーな生活に彼女の心は疲弊していたんだと。


 ルイ15世の崩御、18歳で王妃、待望のご懐妊。周囲のプレッシャーから解放された彼女は別荘で娘とのびのびと生活する中で、貴族同士の上辺だけの付き合いに嫌気がさしていたのか。また、夫が与えてくれなかった「愛情」をフェルゼン伯爵との関係で満たしたのは、それが彼女にとって初恋?だったからなんだろーか。(仮面舞踏会でフェルゼンが何故、仮面を付けてなかったのか疑問だケドw)


 王女の浪費癖に忠告をする家臣たち。面白かったのが、国民の不満の声が高まる中、「パンがなければ、ケーキを食べればいい」とゆー有名なセリフを彼女が「言ってないわ」と否定するところ。今も昔もそーゆーのは変わらないんだなぁ~と。


 やっと王太子(長男)が誕生して、財政は厳しくなるも本当の意味で彼女は役割を果たしたと思ったのも束の間…言葉ではなく、あえて「絵画」で見せるあたりの演出ももの悲しさが伝わってきました。そして、彼女の束の間の幸せは「フランス革命」の足音によって、かき消される。


 クライマックス?ヴェルサイユ宮殿を囲む暴徒たちに向かって、深々と頭を下げる王妃マリー・アントワネットの姿には、運命を受け入れた彼女の強さがうまく表現されれいたかと。全体を通してもっと「悲劇」なのかと思ったら、宮殿での「しきたり」にも慣れ、自由奔放に生きる彼女の姿の方が多く描かれていたかなぁ~と。


 しかし、最後があっけないとゆーか、中途半端。ヴェルサイユ宮殿を後にする馬車の中から外を眺めて終わるんだケド「え?ここで終わり!?」と感じてしまいました。その後、彼女は夫と共に裁判にかけられ死刑になるのですが、まったくそこまでは描かれておらず、あくまでもヴェルサイユ宮殿の中でのお話で終わらせてしまっているのが、ちょっと残念。


 もっと運命と時代に翻弄された彼女の悲嘆さが伝わってくるのかと思っていましたが、それほど「激動」とゆー印象は受けませんでした。

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評価:◎  モンスター度:70%


評価表(★:絶賛! ☆:面白い! ◎:良かった♪ ○:普通 △:ややつまらない 凹:ヘコむ ×:観ちゃいけない)


『あらすじ』


 ハロウィンの前日。好奇心旺盛な少年・DJは自分の家に向かい側に建つネバー・クラッカーとゆー老人の家を望遠鏡で張り込んでいた。近づく者を威嚇し、敷地内に転がり込んだ物は、全て没収されてしまう。DJの友人・チャウダーの持ってきたバスケットボールが老人の家の敷地内に転がり込んでしまう。


 ネバー・クラッカーと一悶着あった後、クラッカーは救急車で運ばれ、彼の家はもぬけの殻に。しかし、その夜、誰もいないハズのクラッカーの家からDJの部屋に電話がかかってくる。電話でチャウダーを飛び出し、家を調べようとするふたりに、人の居ないハズの家がその本性をむき出しにする。


『感想』


 いやぁ~、周り子供ばっか。平均年齢12~14才(保護者を除く)の中に倍以上のたましょくがポツンとひとりwCGアニメ=子供向けかと思っていたのですが…あなどることなかれ「しっかり」ホラーしてました。子供に無頓着な大人、不道徳な若者、怪しげな老人、そして不気味にたたずむ家。


 石原さとみが声優演じる女の子が募金をお願いするところで「赤い羽根共同募金」じゃないのかとひとりでクスクス笑ってましたw泉谷しげるもまんま「ガンコオヤジ」的な役回りで頑張ってましたが、出番短ッ!と思いきや…


 ジェニーが家に食べられそうになった時のしかけが面白かった。寸前のところでパトカーの登場で、慌てて家がフツーの姿に戻ってゆく様も迫力とユーモアが見事に表現されていて。それにしても、CGのクオリティが凄い!芝生なんて、ほぼ「実写」にしか見えないし、キャラクターの表情の些細な変化までしっかりと再現されている。


 モンスターハウスが生まれた理由があまりにも哀しかった。子供向けとは思えないほど。ネバー・クラッカーが近所の子供たちを近づけようとしなかった本当の理由も見事に絡めているあたりも。そして、暴れ出したモンスターハウスの迫力も凄い!(のどち●このことを口蓋垂と呼ぶことをはじめて知りましたw)


 3人の子供たちの活躍で、家に囚われた魂が解放され、クラッカーが妻と別れるシーンは、ウルウルきました。一瞬、これでハッピーエンドかと思っていたところに「あれ?飲み込まれた人々や犬は?」と思ったのですが、ちゃんと…


 石原さとみも泉谷しげるも無難に声優を演じていたので、突っ込む隙もなく、日本版の主題歌を歌っていたのが「いきものがかり」だったのは、『家=いきもの』だったからなのかと思いながら、おまけ程度に最後に流れた「青春のとびら」をちゃんと聴いてから、席を立ちました。


 警官(新米の方)、実写だったらクリス・タッカーにやって欲しいw

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